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絵がうまくなるトレーニング法    近藤 幸三
「おれんじ」 (1981.05.15)
                                             

 友人の絵がある展覧会で入選して、上野の美術館で展示されることになり、それを口実に仲間で一杯飲った。

 その席で、絵がうまくなるためのトレーニング法を教えてもらった。同じ絵を2枚、3枚と続けてかけという。そうすると、1枚目より2枚目、2枚目より3枚目の方がうまくなるというのだ。一年間続けたら絶対だよとくどいくらい念を押していた。

 感ずるところがあって、娘を実験台に試してみた。
 ちょうど学校から持ちかえった写生大会の絵を見ながら、娘との会話。「この絵、自分でうまくかけてると思う?」
「ヘタクソだと思う」
「どうして?」
「わかんない」
「この空の色をもう少し明るい色にしてかいてごらん」

 一時間後、書いたばかりの絵と前の絵を並べておいて、
「とっても、うまくかけてるよ」
「佳作になれるかなー」
「この木をもう少し大きくかくと佳作になれるかも知れないね。明日、もう1枚かいてごらん」
…てな具合で、もう1枚、もう1枚…。 誉めてばかりでは長続きせず「絵をかかないとテレビを見せないよ」とか「夕食抜きだゾ」と威したり、あるいは、エサでつって、もう1枚、もう1枚…。

 一ヶ月目、10枚を越えた頃、
「もう1枚書いたら、希望をかなえさせてやるよ」といったら、出るわ、出るわ…曰く「お父さんと一緒に寝たい」「一緒にお風呂に入りたい」「いっしょにバトミントンをしたい」「一緒にゲームしたい」…など、ほとんどが「お父さんと一緒に…」というものばかりで、そんなにも親子のスキンシップが欠けていたのかと反省することしきりである。

 三ヶ月目、図工の時間で、「遠足の思い出」で佳作に入ったと、それこそ鬼の首でも取ったかのように、はしゃぎ回っている。聞いてみると、クラスの中から10人が選ばれて、廊下に張り出されたのだという。
 それほどのことでもないのだが、早速、褒美に前から欲しがっていた本を買ってやった。「やっぱり、オレも世間並みの親ばかなんだなあ」と思いながら…。

 そんなこんなで六ヶ月。同じ絵ばかり40枚もかかせたのである。ずらりと並べてみると、確かに進歩のあとがわかる。

 子供心にも自信がでてくるようになったのか、市主催の写生大会に行くと言い出した。クラスとか学校ではなく,市内の小中学生が対象である。娘にはそれがわからない。ナントカチャンと行くんだと準備している。
「お父さん、入選したら、泊りがけでどこかに連れてってくれる?」

 この頃になると、希望もエスカレートしている。クラス内でなら佳作くらいになれるだろうが、市内から集まるのである。
 私も安心して、「佳作でいいから入ったら、どこへでも連れてってやるヨ。だからがんばっておいで…」と励ましてやった。

  ところが、ところがである。
 一週間後の新聞に、写生大会の入賞者として娘の名前が載っているのである。
「まさか…」
 20人の入賞者のうち、同じ小学校からは3人しかいなかったと、意気揚揚と賞状をもらって帰ってきた。

 私の予定では、トレーニングのやっと半分が終わったばかりである。 友人に電話でこのことを知らせてやった。
「本当?そいつは良かったな。オレも自信ついたヨ」
「ナヌ!?」
「いや、理論的には、そのトレーニング法は正しいはずなんだ。前々から、オレも、いつか試そうと思ってたんだ。あのトレーニング法は正しい。うん、絶対だ…」

  春休み。娘との約束で、家族そろって一泊旅行に出かけた。
 女房には、「結婚10周年の記念」ということにして…。




 

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